ある日、そのくるくると回らないイスが置物になった日

四季の移り変わりがはっきりしている。春には裏山にある数本の桜が満開に咲き、夏にはフルタイムで鳴くセミと小さい畑になるトマトやきゅうりと、秋になれば山の木々に根暗な色が塗りたくられて、冬にはあたり一面の朝霜とときどき雪が降り積もる。

特別変わった光景ではないけれどそういった場所に小さな集落がある。ずいぶん前に時間が止まったように、でも季節は変わらず流れていて、世俗から逃れた人々は昨日も明日も現在も同じようなことを繰り返して生きている。十年前から変わらないこの様はきっと十年後も変わりはしないだろう。いつからか、世の中には変わらなくなってしまうものがあるらしい。


半世紀だか四半世紀だか前にあった集落を横断するように通っていた鉄道は、今では通りをコンクリートで塗り固めらた遊歩道になっている。遊歩道は地元人が利用する定番の散歩コースとして地味に賑わっており、春になれば途中から長く続く桜並木の花見に来たり、秋には山の紅葉と桜並木の向こうに続くもみじ並木を保養に散歩をする人が多い。夏や冬になればグっと人は減るけれど、日常に生きている人は通学や通勤で毎日のように利用している。

結構な長さを持つ遊歩道の中腹に、地図を開いて厳密に計算したことはないからはっきり真ん中とは言えないけれど、その集落がある。遊歩道を端から端まで歩けば目に付くのはほとんど現代的な家ばかりだが、その集落に1軒だけ建てられた二世帯住宅は妙に浮いて見える。


集落を通る遊歩道に沿ってトタン屋根の家がいくつか建っており、そのうち小さい畑を横にして、人が住んでいると言われなければそうは思えないくらい古い家にくるくると回らないイスはある。このイスは近くのホームセンターで買ってきた三千円だか四千円ぐらいの座席がくるくると回る安っぽい木製のイスだった。というのも、くるくる回ると座るときに重心をかけたら危ないという理由で、すぐに布を挟んでくるくると回らないイスにしたのだ。それなら最初から回らないイスを買えばよかったのにと言ったら、回ることに気づいたのは家についてからのようであった。年をとるとはこういうことなのだろう。

実は、以前に家具屋で買ったほどほどに立派なイスがその家にはあったのだけれど邪魔だといって捨ててしまった。その家の主は生活に必要の無いモノは身の回りに置きたくない主義のようで、そういったモノは自分で解体して庭で燃やしていたりした。年をとると畳や床に直接座れば立つときが辛いからと買っておいたのに、持ち主はほぼ寝たきりだったのでイスは置物同然になっていた。だからノコギリで切って燃やしてしまったそうだ。

しかし、ある日の夜中にベットの上で意識を失い救急車で病院に運ばれたことがあって、医師にはこれでもう二度目か三度目の覚悟してくださいを告げられたのだが、これで二度目か三度目の回復を遂げて退院した。そうして退院したらデイサービスに通うよう病院やケアマネージャーから薦められ、嫌々ながらも通っていたら以前よりすっかり元気になってしまった。寝たきりだったのが日中は座っていられるようになり、置物として役割を終えただけのイスをプレゼントした本人は、だから私の買ったイスをとっておけばよかったのにと、急いで買ってきたくるくると回らないイスにちょんと座る姿を見ながら苦笑い混じりに言っていた。

それからは家を訪れる度にそのイスに座っているのがいつもの光景となった。きっと毎日のように座っていたのだろう。試しに座ったことがあるけれど、低すぎて膝が浮いてしまい座りにくかったのを覚えている。もっと良いイスを買えばと言おうとしたがやめておいた。特に気に入っている様子でもないが居心地が悪いわけでもないらしい。


思えば病院にばかり通っていた気がする。週に2,3回は病院について行き、あるときは意味もなく一日に2回も同じ病院に行くことがあった。車がないときはタクシーで道中拾ってもらうようにして必ずついて行っていたらしい。

本当に病院に行かなければならないのはそれらのうちのほんの少しで、あとはわがままに付き合っていたようなものだった。体は健常であるとは言えないけれど不健康というほどでもない。というのも、肺を片方失っており在宅酸素をしていた。以前に赤血球だか白血球だかが異常に増えて入院したことで、それを使うよう病院に言われたのだ。

これをすると外に出るときはボンベのようなものを持ち歩かなければならないので、それがひどく辛かったらしい。そうして家に引きこもるようになり、しばらくして頻繁に病院にだけ通うようになった。病院には何度訪ねてもどこにも悪いところはないと言われ、だったら安楽死させてくれないかといつも医者を困らせていたようだ。

心臓が痛い、腰が痛いと理由をみつけては病院に行くことを何年か続けていた。自分は重症人であると思い込んでいるのであればこれらの行動に説明はつくが、気分転換がしたかったというのもあったかもしれない。家を出る前にこそっと髪をキレイに整えていた。ボンベを持って外に出る目的が病院以外に思いつかなかったのだろう。

病院とは別に、週に2,3回ぐらいの頻度で家を訪ねては、その度に死にたい、殺してくれという言葉を聞かされることも何年か続いていたようだ。直接その言葉を聞いたことはないけれど、知らないところではそのように嘆いていたらしい。捨てられたイスをプレゼントした本人は、あの家から帰ってくるとそんな言葉を聞くのは辛いと愚痴って少し泣いていた日も何度かあった。だから、本気じゃないから軽く流せば良いみたいなことをいつも言っていた気がする。

血圧が上がるので嫌だとお風呂を拒み始めてからは、家を訪ねる度に体を拭いて頭を洗い、トイレをすれば自分では満足に汚れが取れないので、別に良いよと言っていたがそれも拭いてあげていた。こういったときは見ているのもあれだからと新聞や広告など読んだりして目を逸らす。自分の足でトイレに行くことはできていたから、とはいえ、部屋に置くポータブルトイレではあるが、買っておいたオムツは新品のまま部屋の隅に置いてあった。


集落の近くには川に沿って大きな崖がある。垂直に切り立っているとは言えないけれどそれなりに傾斜があり、小さい頃に見たその崖は底までがとても深く感じられた。降りて遊んでみたいと思っていたのだが、高すぎるので危ないと許してはくれなかった。

反抗するような子でもなかったので、崖の下をのぞいたり対岸に向けて石を投げて遊んでいたりした。対岸までは遠からず近からずといった距離で、中等部の野球少年であれば遠投で軽く届かなければまずレギュラーは無理だろうといった程度だ。昔は毎年その集落を訪ねては石を投げて届くかどうか自分の成長を確認していたのを覚えている。いつだったか、夕方に投げていたらもうすぐご飯だと迎えにきてくれたことがあった。これが最後と投げた石はやっぱり対岸には届かなかった。

それから月日が少し流れてすぐに石は対岸に届くほど成長してしまい、その奥には家もあるからとそれっきり投げてはいない。

投げるのをやめてからさらに時間は経って体も大きくなった。クビが痛くなるぐらいに人を見上げるということもほとんどない。その集落は以前と比べて小さく感じるようになった。けれども、ときどきのぞく崖の下は小さい頃に感じた深さとほとんど変わらない。対岸にある家も昔と同じように建っているが、視力が落ちたのでぼやけていた。不思議なもので、世の中にはどうしても変わらないものがあるらしい。


デイサービスに行きだしてからは負担がほとんど無くなった。病院も訪問診療になって連れて行く必要が無くなったし、買い物に行く時も独りで家にいられるようになったので、二往復するという効率の悪いこともしなくてすむようになった。

デイサービスではお風呂に入れてくれる。血圧を理由にしてお風呂に入らなかったのは面倒なだけで、施設なら素直に入っていたようだ。髪や爪も切ってくれるから清潔でお肌もつるつるしていた。病院こそわがままのようなもので意味もなく通っていたけれど、もともと偏屈な人間では無いので施設の人に対する受けも悪くはなく、丁寧に接してもらえていたのだろう。

以前は笑うこともせずくうつむいてばかりだったのに、施設であった出来事を淡々とではあるが頬を緩ませながら自然な表情で話すようになったそうだ。

デイサービスでは食事も比較的良いものを食べることができる。家ではスーパーのお惣菜などを中心に食べていたのだが、栄養が偏ると良くないとのことで週に2回は手作りの弁当を注文して食べるようになった。

ここ1年ぐらいは死にたいや殺してくれと言うこともなかったようだ。買い物に行くからと家にいけばいつものイスに座って出迎えてくれて、多く言葉を交わすことはなかったけれど、ぽつぽつと会話をしては弁当代をあげると少し貰うこともあった。年を取った趣味の少ない人はこれが楽しみだったりするのかもしれない。

以前に比べたらよほどおだやかに日々を過ごしていた。ひどく安心していた。


ある日、そのくるくると回らないイスが置物になった日。これで三度目か四度目の覚悟してくださいは現実となった。食べるのが大好きで、今までは覚悟してくださいと言われながら救急で入院しても数日後には平然と食事するぐらいの食欲があり、だから奇跡的な回復が何度もあったのかもしれない。しかし、今回はその食べることさえできなかった。片肺で肺炎になってしまってはどうしようもない。先生には片肺でここまで長く生きていたのが奇跡だと言われた。看護士にはご家族に看取られてよかったと思うと言われた。

またいつものように元気になると思っていた。

三日三晩を交代で病院に通う。最初は意識もあって起きながら咳を苦しそうにしていたのだけれど、途中から寝たままになった。人間は死期が近づくと体力を使わないようにするために、ほとんど寝たままになるという話を思い出した。途中で部屋を移される。ナースステーションのすぐ近くの個室で、看取るための部屋なのかもしれない。今までも延命治療はしないと言ってきたからこれで良いのだろう。

人間だけではなく動物全般に当てはまることかもしれないが、息をひきとる直前に何かしら動きというものがあるらしい。息絶えるときは大きく目を見開いたり、寝ている体を思い切り起こしたりして最後の力を振り絞って亡くなるみたいだが、横向きのまま少し顔を上にあげて、それから何度か呼吸をして止まった。よほどおだやかなものであった。


夏は熱くて嫌だった。エアコンを使う習慣はなかったからエアコンが無いのはいいのだけれど、やっぱり暑いし、いつも薮蚊やブヨに体中を刺されて辛かった。こいつらはその人間が若いかどうかというのがやっぱり分かるらしい。小さい頃は刺された箇所が自分だけ20や30を超えるときもあった。夜にはスイカを切ってくれて、種や皮を小さい畑にほうり投げてはむしゃむしゃ食べていた。メロンも出してもらっていたが少し食べて大人にあげていた気がする。子供というのはなぜか水っぽくてさほど甘さを感じないスイカを嗜むらしい。

冬になれば害虫はいなくなるけれど、あたり一面に真っ白な朝霜がおりてとても寒い。外に置いてある水の入ったタライにはぶ厚い氷が張っていた。ときどき雪も降って積もったときは窓からのぞいたり外に出て直接触ったりした。

夏でも冬でもカレーを作ってくれておいしかったのを覚えている。トマトには塩がまぶしてあって少し辛かったけれど、嫌いじゃなかった。夕飯の前に食べるおつまみで出されていた柿ピーは、ピーナッツだけ残して大人にあげていた。朝の連続ドラマ小説を見ながら食べるお味噌汁はご飯が進む。最後に食べたあのカレーはいつだったか。悲しいもので、世の中には大切なことでも忘れてしまうものがあるらしい。


イスがまた置物になる。こんな日がくると知っていたからこうしてやってきたというのに、やっぱりこんなことになるとは考えていなかった。きっと人は、ずっと、そんな幻想を信じながら次に流れていくのかもしれない。現実を知らないわけではない。現実が幻想であることも知っている。

不幸や悲しみというものは、起きたことをそう認識するからそのように感じてしまうのだろう。ある目線から世界を見れば、幸か不幸かなどというものは存在しないだろうし、今回起きたことであってもごく自然なことで、そもそも起きてさえいないのかもしれない。

とはいえ、人間に生まれたのであれば人間としての役割を果たせば良いだけで、わざわざ人間のスケールを超えて世界を認識する必要は無いし、たとえそれを望んだとしても万物から逃れることはできない。それでも抗うというのは人の常なのだろうが、あえて人間として人間らしい不自然な考え方をすると、主観的でどうしようもなく感傷的な、ごくありふれた感情に到達することになる。


ある日、そのくるくると回らないイスが置物になった日の、そのまた2週間ぐらい前の日に、少し遠く離れた土地で元気な男の子の赤ちゃんが誕生した。生きていて良かったと泣いていた。早く見てみたいと笑っていた。今は寒いし生まれたばかりだから春になったら会おうと言っていた。

春は二度とこなかった。ひいおばあちゃんだったのは二週間だけだ。会えなかった。困ったことに会えなかった。会わせてあげたかった。生きている理由はほとんど失っていてこのためだけに生きていたようなものだった。世の中を見渡せば特別なことではないというのに、反射的に心の奥から湧いてくる衝動は止められない。礼服のそでが湿ってしまう。ストーブの前でイスに座っている姿が今でも鮮明に思い出せる。とても優しい人だった。棺桶に一緒に入れて焼く思い出の品がほとんどなかったから、デイサービスに履いていった靴と、レクリエーションで作った折り紙などを入れていた。他には何も無かった。

家の隣にある小さい畑にはもう雑草しか生えていない。タライに張ったぶ厚い氷もしばらくみていない。近くの崖の下は相変わらず小さい頃と変わらない深さに感じる。夕方まで石を投げ続けてもご飯だと迎えはこなくなった。最近食べたレトルトカレーの味しか思い出せない。使っていたベットは処分し、使うことのなかったオムツは病院に預けた。とても狭い家だと思っていたのに今では広く感じてしまう。以前よりもっと人が住めないような家になった気がした。玄関からは靴が減っている。そのくるくると回らないイスは、生活に必要の無いモノは身の回りに置きたくない主義の家の主によって、捨てられずにいつもと同じ場所で置物としての役割を果たしている。

あのときからまだ何も進んでいないのに季節だけが過ぎていく。前よりも歩いている人が多くなった遊歩道から笑い声が聞こえてくる。遊歩道にはもう春がきたらしい。